阪神淡路大震災について

阪神淡路大震災について

1995年1月17日、5時46分に阪神淡路大震災が発生しました。
地震の大きさとしてはマグニチュード7.3、当時の地震の大きさとしては関東大震災以来の大きさです。
明け方に発生した阪神淡路大震災の被害は想像を超えるもので、あれほど美しかった神戸の街が崩壊し、火災が発生し多くの死傷者を出しました。

甚大な被害

死亡者6434人、負傷者が43792人、行方不明者3名という兵庫県を中心にこれほど多くの方がなくなり傷つきました。
明け方の6時前に発生した大地震でしたので、死因の多くは一階部分で就寝中していたところ地震が発生し家屋倒壊による圧死を占めています。

そして被害は人的被害だけではなく、多くの家屋ビル・マンションが次々と倒壊し、三宮にある神戸市役所・神戸新聞会館・神戸阪急など神戸を象徴する多くの建物やビルが倒壊し、たった一日で神戸の街は見るも無残な状況に陥ってしまいました。

そして阪神大震災の被害を伝える象徴として有名な阪神高速神戸線が倒壊しました。
道路をつないでいる橋脚が大震災によりあっけなく折れてしまったのです。

高速道路だけではなく阪急電鉄や阪神電車にも大きな影響を与え、特に阪急三宮駅は機能できないくらいに駅舎が倒壊していました。
これだけ多くのビルやマンションが倒壊した結果、建物の建築基準を大きく見直すことになったのです。
震災後の建物基準法により耐震性をより取り入れることで大地震が来ても倒壊しないレベルの家屋やマンションが震災以降次々と建築されていきました。

被災者を苦しめるもの

そして今の神戸は驚くほど見事な復旧を果たすことができたのですが、今でも被災者の中では震災の被害と闘い続けている人も大勢いらっしゃいます。
あまり取り上げられることがないですが経済的な問題が被災者の心を苦しめています。

それはいわゆる二重ローン問題です。
当時、住宅を購入しても地震保険に加入する人が少なかったせいで、予期せぬ阪神大震災が降りかかり自宅が倒壊し、その自宅の住宅ローンを負わなければならないという事が発生しました。

新しい家を建てるとしても新しい家のローンも一緒に背負わなければならないので経済的な被害を背負っている被災者はまだまだいます。
それに加えて震災によるPTSDを抱えて生きている被災者も大勢います。

震災から18年以上過ぎても完全に被災者の心等は復興を遂げていないことがわかりますね。
近畿圏内に住む人間としては絶対に忘れてはいけない、風化させてはいけない震災の記憶です。

GRman7uk

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