新潟県中越沖地震について

2004年10月23日、17時56分に発生したマグニチュード6.8の新潟県中越沖地震は新潟県を中心に大きな被害の爪痕を残していきました。
死亡者68人、重傷者633人、軽症者4172人という大きな人的被害に加え、住宅の全壊が3175棟・半壊が13810棟・一部損壊105682棟という新潟県の小千谷市・長岡市・見附市付近でこれほどの被害がおこったのです。

しかし1995年に発生した阪神大震災に比べて新潟中越沖地震は、人口が阪神大震災の神戸地エリアと比べて人口が密集していないのと家屋が豪雪地域特有の頑丈な作りだったのでこれほどの被害に抑えることができました。

インフラに大きな影響を与える

この地震に土砂崩れ・山崩れで鉄道や道路が封鎖されインフラに大きな影響を与えました。
特に土砂災害の被害が大きかった新潟県の山古志村では、村につながる道路が土砂災害により封鎖されてしまい村全体が孤立状態に陥ってしまったのです。

その結果自衛隊がヘリコプターを用いて全村民を村から脱出させ、近隣の長岡市及び小千谷市へ避難する作業が行われました。
山古志村の被害と村民の様子は映画「マリと子犬の物語」で詳しく描かれているので時間があるときに是非鑑賞してください。
そして震災による二次被害も出ていました。

車内で避難生活を送っていた被災者は重度のエコノミークラス症候群や心筋梗塞を引き起こし死亡するケースが相次ぎ、さらに排気ガスによる一酸化炭素中毒で死亡した被災者も確認されています。

新たな被害が発生

そして何よりも心が痛いのが当時大流行していた電話やインターネットメールを用いた振り込め詐欺が被災地に横行したことです。

自衛隊や警察を名乗り救助活動の経費負担を募りそのまま持ち逃げをする詐欺が相次ぎ被災者だけではなく国民の心を大きく傷つけることになりました。

地震が発生したのが10月下旬でしたので、豪雪地帯の新潟県が最も恐れていた被害を生み出すことになりました。
地震の被害を受けた建物が豪雪によって倒壊するケースが多く、結果避難所生活を送らなればならない被災者を生み出す結果になってしまったのです。

避難所においても多くの被害が発生しました。
被災者同士で物資の受け渡しや狭い避難所での寝床の確保等でトラブルが発生し、精神的かつ心身的なストレスを抱えたまま避難生活を送ることになった被災者も数多くいます。

新潟中越沖地震による被害は人的な被害だけはなくインフラや家屋そして県民の心に大きな爪痕を残しました。

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